伝統的な祭りの危機!
先日見た、テレビ番組によると、全国で伝統的な祭りの多くが危機に陥っているという。
その原因は、
(1)資金の問題
安全面の強化などで、警備員の増強など人件費のコストアップ
(2)担い手不足
少子高齢化による人員不足。
アイデアが無く、マンネリ化により主催側、観客側ともに若者の祭り離れ。
番組ではそんな危機に瀕している祭りに、新しいアイデアや集客を企画して、救済しているベンチャー企業が紹介されていた。
一方、全国には青森ねぶた祭りなど、毎年250万人以上もの人を集め、活況を呈している祭りも存在する。
伝統の継続とは
番組を見ていて何が違うのか、思い出したことがある。
毎年、ねぶた祭りに出かけているが、ねぶた師の人が言われていた言葉だった。
・「伝統は毎年少しずつ進化している。」
・「進化はその意味で非常に大切だ。」
また別のねぶた師は、
・毎年ねぶたの製作に際しては、「挑戦を行い。工夫を凝らす。作品の巾を広げていく。」
例えば、伝統を重んずるあまり、ねぶたの製作にあたって骨組みは昔のように竹で製作し、明かりはろうそくや電球などに限るとされていたらどうだろうか。そこには、進化や挑戦がないので、毎年単調で変化のない面白みのないねぶたとなってしまうだろう。
ところが先のねぶた師の言葉のように、骨組みは針金に代わり、それによって様々な形の造形が可能となった。また、照明は、蛍光灯や今では、LED、LEDテープが主流となってきている。
それによって明るさや色の変化が生み出され、様々な興味深い、美しいねぶたが製作されるようになった。今では、ねぶたは世界最高の紙の工芸品と言われ、海外からも観光客が訪れている。
主催者/実行者/市民の一体化
ねぶたの場合は、祭りの主催者は、他と同じく市町村やその外郭団体であるが、集客ができているので、観覧席の販売や関連商品の売上などで資金は賄えている。
また、祭りの実際の主体は、各企業などがスポンサーのねぶたの運行団体であり、運行団体から依頼を受けてねぶたを製作しているねぶた師たちである。
そして、市や市民も一体となり、跳人や囃子など自身で祭りを楽しみ、盛り上げている。
祭り成功の本質
運行団体にはスポンサーがついているが、それはねぶた自体が広告塔となり、ねぶたを見に人が集まるからである。ねぶた師の製作するねぶたに感動がなく、マンネリ化していけば、次第に観光客は減っていき、広告の効果も無くなってスポンサーも離れていってしまう。
集客のかなめは、やはりねぶた本体であり、それを製作するねぶた師にかかっている。
その点で、先述のねぶた師の伝統に対する意識が祭りの盛況の勝因だと思う。
開催の危機に陥っている他の祭りも、その実行者が伝統の進化の意識をもち、町民や市民とともにアイデアを出し合って、一体となり盛り上げ、実行していけば、復活できるのではないだろうか。